起点は「強み」の再定義。京王百貨店がつくるインバウンド成長サイクル

訪日需要の回復を背景に、インバウンド市場は拡大局面に入っています。こうした中、京王百貨店では訪日客の来店は増加する一方、高額商品を多く揃える他社と比べ、免税売上比率が高くないという課題を抱えていました。
そこで同社が着目したのが、新宿という立地特性と「帰国前のラストショッピング」「お土産ニーズ」です。店舗の強みを生かせる売場と情報発信を再設計し、中国市場向けにはRED(小紅書)を起点とした訪日前の認知拡大を推進。その結果、SNS上での口コミを起点に来店につながるサイクルが生まれ、今では免税売上に限らず、旅ナカのニーズや行動に合わせたサービスやプロモーションへと施策を広げています。
本記事では、京王百貨店が自社の強みを再定義し、インバウンド事業の成長サイクルを構築していった取り組みについて、インバウンド担当の桧山(ひやま)氏、菰田(こもだ)氏にお話を聞きました。
サマリー
背景
- 訪日需要の回復により来店数は増加していたものの、免税売上比率が他社と比べて低かった
- 高額商材が少ないという店舗展開のなかで、インバウンドにおける自社の強みが明確になっていなかった
内容
- 新宿という立地特性と「帰国前のラストショッピング」「お土産ニーズ」に着目し、売場展開と情報発信を設計
- 中国市場向けにRED(小紅書)を起点とした訪日前の認知拡大を実施
- ヒット商品をきっかけにSNS上で口コミ・バイラルが発生し、来店につながるサイクルを構築
- 訪日前施策や免税売上向け施策に加え、旅ナカでの訴求や顧客ニーズ起点の施策へと展開
成果
- 中国からの来店客の約65%がREDで認知して来店
- 一部商品で前年比5〜10倍の売上を記録
- 免税売上に限らず、非免税領域や飲食利用など館全体の利用拡大に貢献
- 中国市場を軸にしつつ、台湾・香港・欧米など他国展開を見据えたインバウンド戦略へと進化
インバウンド担当としての当初の課題

営業本部 営業統括室 営業企画部 インバウンド担当 桧山氏(左)菰田氏(右)
ーインバウンド担当に配属された当時の課題について教えてください。
桧山氏:
私たちがインバウンド担当として配属されたのは2024年春です。ちょうどコロナ禍が明けて訪日需要が急速に回復し、円安も追い風となり、何もしなくてもお客様が増えるような時期でした。
ただ、社内では、他社と比較して免税売上が上がっていないという認識が以前からありました。当時、新宿店全体の免税売上比率は全体の5%に満たず、他の大手百貨店と比べて明らかに低かったんです。その理由は明白で、当店には高額商品の展開が少なく買上単価が小さいからです。そこで、当店の強みは何かを改めて整理することにしました。それが私たちの最初のミッションでした。
自社の強みを最大限に活かした戦略
ー 高額商品がない中で、どのような戦略を進めたのでしょうか?
桧山氏:
答えはシンプルでした。ないものを追いかけるのではなく、私たちが持っている強みを最大限に活かす。それが「新宿」という立地と買いやすい売場展開です。
新宿は日本有数のターミナル駅で、海外からのお客様が多く行き交います。その利便性を活かして「帰国前のラストショッピング」や「お土産ニーズ」に応えられる店舗を目指そうと考えました。化粧品やデパ地下の和洋菓子はもともと人気がありましたし、1階の婦人靴や婦人雑貨、家庭用品、食器などのアイテム編集売場も充実していました。
こうした、「目的を持って選びやすい売場」が整っていることが、当店の特徴です。高額商品を求めるお客様ではなく、実用的で質の良いお土産を探している方々に、しっかり訴求していくと方向性が固まりました。2024年の終わり頃にはこの戦略が見えてきて、そこから本格的に動き始めました。
中国市場へのアプローチとして選んだRED(小紅書)
ー 中華圏向けのプロモーションにおいて、RED(小紅書)を活用し始めた経緯を教えてください。
桧山氏:
免税売上を見ると、中国市場のシェアは全体の30%を超えていました。この市場にしっかりアプローチしなければ、数字は伸びないと考えました。ただ、私たちは中国向けのマーケティングの知識に乏しく、KOCやKOLといった施策の重要性を理解していないという状態でした。
中国の方は口コミを非常に重視していて、SNSでの発信が購買行動に直結します。中華圏で情報収集によく使われるSNSで、「新宿」と検索したときに京王百貨店が出てこないといけないことが分かり、まずはREDの重要性を知りました。そこで2024年7月にRED公式アカウントを立ち上げました。

菰田氏:
RED運用のパートナー選びで重視したのは、REDでの発信方法や、どういうコンテンツが中華圏のユーザーに響くのかといった運用ノウハウを持っているかどうかでした。アライドアーキテクツさんは、私たちの初歩的な質問にも丁寧に答えてくださり、本当に勉強になりました。
桧山氏:
もう一つ決め手となったのは、公式アカウント運用とKOC・KOL施策を連携してお願いできる点です。別々の会社に依頼していることもあり、それだとシナジーが生まれにくいと感じていたため、連携した戦略のもとで動いていただけるのは、効果を最大化する上で重要でした。
「それで売上が上がるのか?」という声もありましたが、「いろいろやってみて、結果が出なければ変えればいい」という助言もあったので、チャレンジできました。
約65%がREDで認知し来店。強みの立地×口コミで前年比売上10倍のヒット商品も
ー実際の施策を通じて、どのような成果や発見がありましたか?
桧山氏:
一番印象的だったのは、1階の婦人雑貨フロアにあるハンカチ売場です。あるブランドのハンカチが、2024年12月頃から急激に売れ始めて、前年比で5倍から10倍という数字になりました。
実は私たちの公式アカウントでは、そのブランドを積極的に発信していたわけではありませんでした。REDで一般のユーザーやインフルエンサーの方々が口コミ投稿してくださり、それが広がって「京王百貨店に行けば買える」という認知につながったようです。販売が終了した後も、免税カウンターで「あの商品はどこですか?」と中国語で聞かれることが多く、「販売終了しました」という案内を中国語で出したほどでした。
菰田氏:
その後、店内で免税購入のお客様へアンケート調査を実施したのですが、中国のお客様に限ると、約85%の方が「京王百貨店を知っていて来店した」と回答されていました。また、約65%が「REDで知った」とお答えいただいています。REDで認知され、来店には口コミ投稿の影響が圧倒的に大きかったです。
桧山氏:
この結果からわかったのは、「知ってさえいただければ、来店につながる」ということです。新宿という立地の良さもあって、何かのついでだとしても気軽に足を運んでいただけます。また、台湾や香港からのお客様はリピーター率が非常に高く、5回6回とご来店いただいている方も多いことがわかりました。
目的を持って来店されるお客様が増えたことは、大きな成果だと感じています。

非免税領域と旅ナカ施策の強化
ー免税売上以外にも注力されている施策があるとお聞きしました。
桧山氏:
今は、免税売上だけを追いかけるのではなく、「まずは館に入ってもらう」ことを重視し始めました。訪日目的が多様化する中で、買い物以外の魅力も発信しないと、お客様との接点が限られてしまいます。
例えば8階のレストラン街では、天ぷらやとんかつといった和食を中心に、各店舗で使えるクーポンを配布したり、SNSで毎月投稿したりしています。その結果、2025年度の外国人利用者数は前年比で2〜3倍に増えました。また、地下の食品フロアでも、ホテルに持ち帰って食事するためのお弁当などを購入される外国人の方が増えています。
旅ナカ施策にも力を入れています。新宿西口周辺のホテルと連携した、スーツケースの買い替えサービスやお客様の荷物をお預かり(有料)するサービスを始めました。また、お買上げ頂いた品物をホテルへ届ける「ポーターサービス」なども以前から取り組んでいます。
さらに、空港発着のリムジンバスの車内モニターや都内ホテルの客室モニターで、4言語対応の動画を放映しています。「お土産は京王百貨店で」というメッセージを、お客様が移動中や滞在中に目にする場所で発信することで、来店のきっかけをつくっています。
免税・非免税を問わず、お客様に「京王百貨店に行く理由」を提供することが、今の私たちの戦略です。
市場環境の変化を見据えた今後の展望
ー今後のインバウンド戦略について、どのような展望をお持ちですか?
桧山氏:
以前は「インバウンド施策は、砂漠に水を撒いているようなもの」と聞いたこともありました。ただ、今は違います。施策を打てば効果が数字で見えるようになり、次の打ち手につなげられるサイクルができました。
現状では、国別で見ると中国の免税売上が全体の30%を超えています。この市場は引き続き重要ですし、施策も継続していきます。一方で、市場環境の変化に備えて、台湾・香港・東南アジア、そして欧米への訴求も強化していく必要があると考えています。
例えば、台湾のお客様は非常にリピート率が高く、親日的な市場です。また、欧米からのお客様も確実に増えており、地方都市での購入も目立ち始めています。今後は、このような中国以外の市場にどうアプローチすればいいのか、パートナーの皆さまと一緒に考えていきたいです。
また、旅ナカ施策はさらに強化したいと思っています。観光目的で訪日されている方にも、帰国前に「京王百貨店でお土産を買おう」と思っていただけるよう、バスタ新宿や交通機関との連携も深めていく予定です。
中国市場の重要性を維持しながら、他の国や地域にも広くアプローチする。その両輪で、インバウンド事業を中長期的に成長させていきたいと考えています。

まとめ
京王百貨店の取り組みの最大のポイントは、インバウンドにおける自社の強みを明確にし、その強みを起点に施策を組み立てた点にあります。高額商材の取り扱いが少ないという現状課題を前提に、新宿という立地特性とインバウンド客の「帰国前のラストショッピング」「お土産ニーズ」を的確に捉え、目的買いに適した売場と情報発信を強化しました。
その結果、ヒット商品が生まれ、SNS上での口コミ・バイラルが発生。REDを起点に「訪日前の認知 → 来店 → さらなる口コミ拡散」という好循環が生まれています。さらに現在は、訪日前の施策にとどまらず、旅ナカでの接点づくりや顧客起点の施策にも拡張。免税に限らない売上創出へとつなげています。
本事例は、自社ならではの強みを起点にインバウンド施策を段階的に広げ、中長期的な成長サイクルを構築できることを示す好例と言えるのではないでしょうか。



